一般的な生態系下におけるノネコ(以下,ネコ)の食性を把握し,在来種への影響を検討するため,2019年12月から2021年2月にかけて,広島市およびその周辺の都市部を通る国道計161.1 kmにおいて交通事故死したネコの胃内容物を採取し,分析を行った.調査期間中において462個体の動物の交通事故死亡個体を収集し,その内の170個体がネコであった.損傷が激しく,胃がすでになくなっていた56個体を除く114個体を分析の対象とし,胃内容分析を行った.その結果,当地域のネコは他地域における報告と同様に,春季から秋季にかけては昆虫類を中心に,哺乳類や鳥類,爬虫類など多岐にわたる陸棲動物を捕食していることが明らかとなり,当地域の生態系において広食性を有する高次捕食者として位置づけられると考えられた.一方,冬季においては,キャットフードなどの人工食品を主の食物としており,人間に依存して生息していることが明らかとなった.当地域のネコの食性の特徴としては,他地域と比較して動物質(哺乳類,鳥類,爬虫類,昆虫類)への依存性は他地域と比較して低いものの,人口食品への依存性が通年高いことが挙げられた.以上から,当地域のネコは多くの在来性の陸棲動物の捕食者として機能しており,生態系への影響は広範にわたっている可能性が示唆された.その一方で人間は,餌付け等によりネコの生存や繁殖に対して正の影響を及ぼしている可能性があり,間接的にネコによる生態系への影響の強化に寄与してしまっている可能性が示唆される. ネコによる生態系への負の影響は,世界各地で報告されており(例えば,Dauphine and Cooper 2009;Woinarski et al. 2018),その影響は人為によるものの中で最大であることが指摘されている(Loss et al. 2013).また,日本ではネコの交通事故件数が他の動物を大幅に上回っており(例えば,国土交通省九州地方整備局九州技術事務所 2004),大きな社会的コストを生み出している.このような状況から,ネコの食性をはじめとする生態の解明が保全学的にも社会的にも求められている. しかしながら,日本における野外のネコの生態に関する既往研究は,沖縄県のやんばる地域や小笠原諸島などの希少種が多数生息する特殊な生態系下における事例に留まっており(城ヶ原ら 2003;川上・益子 2008),一般的な環境下におけるネコの食性などの基本的な生態特性に関する基礎情報は極めて乏しい. 本研究は,交通事故死したネコの胃内容物を分析し,国内で初めて一般的な生態系下におけるネコの食性を明らかにした新規性の高い研究である.本研究の成果は,今後,国際学術雑誌において公表する予定であり,国内におけるネコの生態研究の展開・発展の端緒となることが期待される.さらに,本研究では国土交通省から試料個体の死亡位置情報も併せてご提供して頂いており,今後,ネコの交通事故件数の軽減に向けた実学的な研究展開が可能である.本研究は今後のネコ研究の発展および他分野への展開に大きく寄与する.
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